「実に古くして新しき道は報恩ほうおんのおしえなり こう百行ひゃっこうのもとにしてしんへの道の正門せいもんぞ」

という言葉があります。

 

昨今の風潮をみると「孝養」という言葉を耳にすることが少なくなってきました。

「孝養」という言葉と同じように

「報恩」や「感謝」という言葉も耳にすることが少なくなってきたように思われます。

 

「孝養」「報恩」「感謝」。

親や祖父母、子供や孫たちへ、またもっと大切な仏さまやご先祖さまへのこの言葉は、

すなわち自分自身の命の尊さをかえりみることにもなります。

そして、それこそが信仰の出発点であり、折り返し地点であり、また到達点でもあるのです。

 

自分自身の命の尊さとは、いかにこの世に生を受けて(誕生して)から現在にいたるまで、

どのような行い・振舞・言動をしてきたかによります。

善い行いや振舞、言動してきたならば、会社や家族、交友関係といった方々に認められ敬われる慕われ、

また仏さまやご先祖さまに可愛がられ(運気をもらえる、功徳を積む)ることでしょう。

これとは逆に悪い行いや振舞、言動してきたならば、

世間から疎まわれ嫌われはじき出され、そして運気ももらえずなくなり、病気や事故といった現象に見舞われることになるのです。

どちらの人生を選ぶのもあなた自身です。

 

今月はお彼岸を迎えます。

この機会に「孝養」と口ずさんでもいいでしょう。

また、「報恩」「感謝」を今一度考えて行動で示してみてください。

きっと何かを感じることができるのではないでしょうか。

その感じることが、人が生きていくうえで最も大事なものなのです。

 

令和3年3月1日                   法修山一心寺