「老いて後 思い知るこそ悲しけれ この世にあらぬ親の恵みに」

親御おやごさんを亡くされた方、この句を読まれてぐっとくるものはありませんでしょうか?

 

両親が健在な時は「頑固おやじ」「うるさいお袋」と、ついつい愚痴ぐちをいっていることがありませんでしたか?

それが、私たちも年々を年齢を重ねてくると、

厄介やっかいと思っていたその両親から受けた愛情、存在の重さ、大きさに気づいてくるのではないでしょうか。

 

お釈迦さま、日蓮聖人さまですら

いまだ父母への孝養こうようらず」

懺悔ざんげしておられます。ましていわんや私たちにおいては。

このお言葉をよくよく肝に銘ずべし!

 

『刑部左衞門尉女房御返事』の上文は、日蓮大聖人さまが父母の恩を語られたご文章で

「教主釈尊が父母孝養のために説かれたのが法華経である。

 日蓮も母上にかけた苦労を悔い、その償いと報恩は法華経による供養より他になし」

と説かれており、いかに親の愛情、存在が私たちの成長に大きかったかを述べられています。

 

「親孝行したいときには、すでに親はおらず」という言葉がありますように、

両親が健在な時ほどありがたみを判りたいものです。

何故ならば、不平・不満・愚痴の思いは、知らず知らずのうちに子から孫へ、孫からその孫へと代々引き継がれていきます。

どうせ引き継がれるなら、良い思いを代々引き継いでいってもらいたいものです。

それが、代々幸福が続く秘訣ではないでしょうか。

 

令和2年6月1日  法修山一心寺