無明むみょうの闇」という言葉があります。

これは、真理(正しい教えや智慧、悟り=現実の世情をよくする方法)を照らす明かりがまったくなく、

真っ暗闇ということです。

 

まさに迷いの根本こんぽん(原因)です。

私たちは、その中を手探てさぐりでさまよい歩いています。

 

そして自分の価値観(自分の世界・心での思い込み)で、

「善だ悪だ」と決めつけて生きているのです。

その事が、ますます迷いを増長する結果となっているとも気づかずにです。

 

ならば私たちになくてはならないのものは、

闇を切り裂く灯明とうみょう(正しい教え・智慧)なのです。

そして、その明かりの元となるのが、仏さまの教え(智慧)なのです。

 

本仏釈尊(私たちを久遠(遠い昔)から見守ってくださっているお釈迦さま)の前にて素直になること、

素直な心・気持ちで手を合わせて、お題目を唱えること、瞑想することです。

これこそが大灯明だいとうみょう(正しい教え・智慧=物事を解決に導く方法)を手にできうる

唯一の方法といえるのではないでしょうか。

 

人間が抱えるとんじん三毒さんどくの増長(慢心まんしん)によって

寿命が短くなっていく。更には、様々な教えの広がりがかえって国を亡びさせようとしていると、

日蓮大聖人は鎌倉時代に警告されています。

  • とん ( 貪欲とんよく )⇒ むさぼりとも言い、欲しいものなどに対して、執着する心
  • じん ( 瞋恚しんい )⇒ 怒ること、腹を立てること
  • 愚痴ぐち=愚癡 )⇒ 真理を知らず、物事の理非の区別がつかないこと

 

 

鎌倉時代という昔の世界であっても、現代においても、

物事を解決に導く正しい教えや智慧がなければ

人も家庭も会社も更には世界さえも変わる(変える)ことはできないでしょう。

 

どうぞ、お寺にお参りしていただいて、本仏釈尊の正しい教えや智慧を授かって、

物事がより良き方向に向かいますよう精進してください。

 

令和2年4月1日 法修山一心寺